日本とタイのペット感染症の違い

日本とタイにおける「マダニ・蚊が媒介するペットの感染症」について、その違いや特徴をまとめます。

1. マダニが媒介する感染症

タイは一年中高温多湿でマダニの活動が止まらないため、日本よりも感染リスクが格段に高く、症状も重篤化しやすい傾向があります。

  • エールリヒア症 (Ehrlichiosis)
    • タイ: 最も一般的かつ恐れられている疾患です。細胞内に寄生する菌(E. canis)が原因で、重度の血小板減少、貧血、鼻血などの出血傾向、発熱を引き起こします。放置すると死に至るケースが多く、タイの獣医診療では日常的に遭遇します。
    • 日本: 国内での発生は非常に稀ですが、輸入犬などで見られることがあります。
  • バベシア症 (Babesiosis)
    • タイ: エールリヒアと並んで非常に多いです。赤血球が破壊されるため、深刻な貧血や黄疸、血色素尿(赤い尿)が見られます。エールリヒアと混合感染することも多く、診断を複雑にします。
    • 日本: 西日本(特に近畿以西)を中心に発生が見られます。沖縄や九州など暖かい地域ではリスクが高いですが、東日本や北日本ではタイほど一般的ではありません。
  • ヘパトゾーン症 (Hepatozoonosis)
    • タイ: マダニに噛まれるのではなく、マダニを「食べてしまう」ことで感染します。筋肉痛や関節痛、歩行異常を引き起こし、治療が困難で慢性化しやすいのが特徴です。
    • 日本: 南日本で発生報告がありますが、タイに比べると症例数は限定的です。
  • 重症熱性血小板減少症候群 (SFTS)
    • 日本: 近年、西日本を中心に人への感染が大きな問題となっています。犬や猫も発症し、特に猫は致死率が高いことが知られています。
    • タイ: タイ国内での発生報告は今のところ主流ではありませんが、他の熱帯病が多いため影に隠れている面もあります。

タイの動物病院では、テストキットを用いて上記のような感染症の簡易診断をする場合が多いです。下写真のテストキットは、犬の血清、血漿、全血中の4つの主要な媒介疾患(フィラリア、エールリヒア、ライム病、アナプラズマ)を1回の検査で検出する迅速な免疫クロマトグラフィー検査キットです。


2. 蚊が媒介する感染症

蚊に関しても、タイでは「季節性がない」ことが日本との最大の違いです。

  • 犬フィラリア症 (Dirofilaria immitis)
    • タイ: 予防をしていない野良犬の罹患率が非常に高く、蚊が年中発生するため、感染機会が毎日あります。成虫が心臓に詰まる重症例も多く見られます。
    • 日本: 予防薬の普及により家庭犬での発生は激減しましたが、保護犬や未予防犬では依然として見られます。
  • 猫フィラリア症
    • 共通: 犬よりも診断が難しく、突然死の原因になります。
    • タイ: 犬の罹患率が高いため、当然猫へのリスクも日本より非常に高い環境にあります。
  • 当院においても、先日、フィラリア症に感染したワンちゃんが来院し、顕微鏡検査では、下写真のような犬フィラリアの幼虫であるミクロフィラリアが検出されました。

3. 日本とタイの「対策」の決定的な違い

媒介動物が同じでも、獣医療現場での対応や飼い主さんの意識には以下のような違いがあります。

  • 予防期間の考え方
    • 日本: 「蚊が出始めてから1ヶ月後〜蚊がいなくなった1ヶ月後まで(例:4月〜12月)」という期間限定の予防が一般的です。
    • タイ: 乾季でも蚊やダニが活動するため、「1年365日(オールイヤー)」の予防が絶対条件です。1ヶ月の飲み忘れが致命的になるリスクがあります。
  • 駆虫薬の強度と種類
    • タイ: 非常に強力な駆虫薬が好まれます。また、スポットタイプ(首筋に垂らす薬)だけでなく、首輪型やスプレーを併用して「マダニを1匹も寄せ付けない」徹底した防御が行われることもあります。
  • 診断の優先順位
    • タイ: 犬が元気をなくして来院した場合、獣医師はまず「血液寄生虫(マダニ媒介疾患)」を疑い、血液検査(スメア検査やテストキット)を最初に行うのが標準的な流れです。
    • 日本: 症状によりますが、地域によってはマダニ疾患よりも、消化器疾患や免疫疾患を先に疑うケースも多いです。

まとめ

日本と比較して、タイでは「マダニ・蚊による病気は、予防していなければいつか必ずかかる病気」と捉えられています。日本では「シーズン中のマナー」に近い感覚ですが、タイでは「愛犬・愛猫の命を維持するための最低限のインフラ」というほどの重要性の違いがあります。